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『ヒトラーを画家にする話』全公演中止によせて

さて……

昨日、2022年7月18日12:00に、「キャスト1名降板、代役を立てたうえで20日の初日を中止にして21日から公演を開始します」という旨のお知らせをしたその舌の根も乾かぬうちに、全公演中止のお知らせをしなければならなくなりました。

覚悟していなかったわけではないですが、それでもやっぱり「公演ができる」未来に向かっていろいろ準備していたわけですから、それはもちろんショックなわけで。
現時点であまり気の利いたことは言えないなーというのが正直なところです。

いや、楽しみにしてくださっていたお客様におかれましては多大なるご迷惑とご心配を、とか、払い戻しがどうですよ、とか、こういう時に言うべきことがあるのは承知しているんですが、そちらの方は今現在私の隣でプロデューサーの半田さんが一生懸命文章を考えてくださっているので、そちらにお任せすることにします。おってタカハ劇団のHP(takaha-gekidan.net)や、Twitter(@takaha_gekidan)にてご案内されますので、どうかそちらをご覧ください。そっちの方が大事な情報がたくさん書かれていますのでね。

じゃあいったい私はこの文章で皆様に何をお伝えするつもりかと言いますと、カンパニーとしては『ヒトラーを画家にする話』再上演の可能性を諦めてないですよ、ということが一つ。
あとはもう、ただただ無念です、ということです。

私が全公演中止の決断を迫られたのは、仕込み初日の、つまり昨日の16時ごろ。ネット配信番組の出演を終え劇場に到着した、まさにそのタイミングでした。
劇場への移動中には、半田さんから楽しい現場の写真なんかが届いており、これから大変ながらも楽しい日々が始まるんだなぁ、なんて思っていたのに、タクシーを降りて「楽屋口から入ればいいんでしたっけ?」とか半田さんにLINEして、「迎えに行きますよ」なんてお返事が来て、その直後、楽屋口で待ちかまえてた半田さんから「実は……」とお話を聞きました。
その間、3分もなかったんじゃないかな、と思います。
ああ、世界ってこんなに短時間にひっくり返ってしまうんだなって思いました。
似たような経験、この3年で何度かしているはずなのに、それでも毎度新鮮に驚いてしまうのは私があほなんでしょうか。
「あーそっかー」とかなんとか、苦笑いでいったような気がします。こういう時に苦笑いが出る程度には覚悟が決まっていたし、悲しいかなこういう状況に慣れていたようでした。

すぐに制作チームと演出助手とともに小さな楽屋に閉じこもって、さてどうする?という話になりました。
どうするも何も、一人目の陽性者が確認された段階で「二人目が出たら中止」ということは決めていたので「そらもうしょうがないよね。中止だよね」という話になるかと思ったんですが、この時に「どうにかできませんかね?」という意見が出たのには驚きました。だってこの状況で検討の余地があるなんて思ってもいなかったので。
「どうにかって言ったってねえ……?」
「高羽さんが2人目の代役をやるとか……」
「いや、私は藍島の代役をやるんだが?」
「藍島の代役は…」
演出助手の三国さんがぴょこんと手を挙げました。
正直、一瞬、心が動きました。
え?まじで?それでいける?いけるなら……アリなの、かも?!
という具合に。
でも、普通に考えて、そんなこと無理なわけで。私一人が代役にたつだけならまだしも、オリジナルキャストを2人も欠いた状態での上演は、もはや私が見たかったものでも作りたかったものでもなく。
すんでのところでグッと堪え、
「それは無理だよ」
と答えました。
いつもはとことん冷静なタカハ劇団首脳陣から、この状況で、こんなとんでもアイデアが飛び出て、しかもそれに縋りたくなってしまうほどに、演劇関係者にとって幕を開けるということは大いなることなのだなあと改めて思ったりして。
その後、舞台監督の藤田さんに全公演中止を伝えると、彼は「マジか!」と声をあげながら床に座り込みました。
腰から下げたガチ袋がガチャンと音をたて被っていたヘルメットが壁にぶつかり、しばしアーとかウーとか呻いていました。彼と共にする現場が中止になるのはこれで二度目。一度目の時はものすごく冷静に対処してくれていたので、この反応は意外でした。
一言で公演中止といっても、それが興業のどのタイミングで決まるかによってその様相はまったく異なります。稽古開始前なのか、稽古中なのか、仕込み中なのか、本番中なのか。
今回は仕込み中、しかも、装置はあらかた仕込み終わったというタイミングで、たくさんのスタッフが動きに動きまくった直後、この舞台に俳優が立つことはないということがわかってしまったのですから、スタッフワークの責任者としての彼の衝撃は相当大きかったと思われます。
この後さらに東京芸術劇場さんとも協議を重ね、なんとか再上演の可能性を探りつつ今回は中止、という方針が確定となりました。

中止の決定を伝えるためにスタッフを客席に集めてみればその人数は膨大で、これだけの人が朝からこの作品のために働いていたのか、と嬉しいやら悲しいやら誇らしいやら悔しいやら、なんとか少しでも前向きな気持ちでバラしまでの作業にあたって欲しいと「必ずまたやりますから」と重ねて訴えましたが、なんだか変な声になってしまいました。
どうせ劇場入りして装置も建ててしまったのですから、再上演のためにできることを少しでも進めようと、中止決定後もスタッフの作業は続いています。塗りおえていない装置は塗り、すベてのシーンの照明を作り、衣装は細部を微調整し、映像マッピングをすすめ、サウンドチェックもできるところまで。
後は役者が舞台に立てばこの作品は完成する、そういうところまでやって、あとは未来に託す。
これが今、タカハ劇団にできることです。

思えば、COVIDー19がこの世界に出現するよりずっと前から、公演が無事千秋楽までやり遂げられるだなんて保障はどこにもありませんでした。天災、人災、流行病、革命、戦争、迫害。様々な困難が演劇に降りかかり、日の目を見なかった作品は歴史上山のようにあったことでしょう。それでも今我々が演劇を続けているというのは、それだけで大きな希望です。これからもきっと我々は演劇を続けていくことでしょう。
人間はいつも、未来という光のとどかない暗闇の中に、ありもしない光を夢見ることで前に進んできたんだと思います。今日の私たちに繋がる多くの先人が繰り返して来たことを、同じようにやるだけですから、それはきっと難しいことではないはずです。

とまあ、ちょっと良いことを言って、文章がまとまりかけた所でなんなんですが、
無念です。
この作品に出てくるヒトラーは19歳。ヒトラーを画家にしようと奮闘する現代の美大生たちは21歳。彼らを取り巻く友人たちも同世代。
またこのメンバーで集まって再上演が出来る日が来ることを強く信じているとはいえ、
この世代のキャラクターを同世代の俳優が演じるという今この瞬間にしかない煌めきは、言葉では言い尽くせぬものでした。本当にお客様に見ていただきたかった。
今この瞬間、2022年の夏に、皆様にお見せできずに一旦塩漬けにしなければならないのは本当に無念です。
皆さん本当に素晴らしい俳優たちです。あっという間にタカハ劇団なんて手の届かないスターになっていくでしょう。この文章を読んでくださっている皆様、どうか、今後も彼、彼女たちを応援してください。いつかどこかで見かけた時には「ああタカハ劇団に出ていたあの子ね」と思っていただければなによりです。よろしくお願いします。
そして、この作品と私の精神を力強く支えてくださった信頼の置けるベテラン俳優陣の皆様、彼らあってのこの作品です。みんなもうすっかりこの世界に根を下ろしている方々なのでなーんにも心配しておりませんが、とにかく健康に気をつけて長生きしてもらって、一度でも多く、またともに作品を作れるよう願っています。
そして、この期に及んでなお手を動かし続けてくれているスタッフの皆様。宝物です。ありがとう。
またこの混乱の中に於いて、最後まで尽力してくださった東京芸術劇場の皆様、本当にありがとうございます。

誰に向かって書いている文章なのかわからなくなってきましたので、なにかと言い尽くせぬ思いはありますが、そろそろ締めようと思います。
お客様におかれましては、楽しみにしてくださっていたのにご期待に添えず申し訳ありません。
必ず再上演いたしますので、その時までどうか、タカハ劇団のキャスト・スタッフに声援を送っていただければと思います。
また、劇場でお会いしましょう。

タカハ劇団 主宰 高羽彩

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